アスリートが英語を始められない3つの理由|自分に当てはまるものから読む
競技を続けながら、ふと引退後のことが頭をよぎる。英語くらいはやっておいたほうがいいと思う。でも、何から始めればいいのか分からないまま、また練習に戻る——そんな経験はないでしょうか。
「アスリート 英語」と検索すると、学習法やおすすめの教材が出てきます。ただ、知りたいのは勉強のやり方そのものではなく、自分の場合どこから手をつければいいのか、なぜ始められないのか、ではないでしょうか。
ビズメイツ「スポーツ選手のセカンドキャリアに関する意識調査」(n=111、2024年7月)によると、希望するキャリアに英語力が必要だと考える選手は62.1%。一方で、実際に語学習得に取り組んでいる選手は41.4%でした。
この記事では、必要だと分かっているのに始められない状態を3つに分け、それぞれ何から手をつけるかをお伝えします。書いているのは、英語コーチングスクール・ミライズです。競技や指導を仕事にしてきた受講者が実際にやったことも、あわせてお伝えします。
結論|始められない理由は3つに分かれる
先に結論を書きます。アスリートの英語は「やるかやらないか」で迷う段階を、すでに過ぎています。必要だと分かっていて、それでも始められない人が多い状態です。
雇う側も同じ方向を向いています。スポーツ庁の「アスリートのキャリアに関する実態調査」では、ビジネスパーソン1,020人(経営層340・経営企画340・人事340)のうち、経営層が「入社までに身に付けておいてほしいスキル」として「英語力」を挙げた割合は47.8%でした。PCスキル52.2%に次いで多い回答です。
選手の6割が必要だと考え、経営層の5割近くが求めている。それでも着手は4割。ここに20ポイントの差があります。
なぜ英語だけ後回しになるのか
同じ調査では、競技引退後のキャリアについて悩みがあると答えた選手が90.1%(「非常にある」35.1%、「ややある」55.0%)でした。悩みの中身で多かったのは、キャリアの方向性が見つからない不安が59.0%、安定した収入源の確保が50.0%、ビジネススキルや社会人としての経験不足への懸念が43.0%です。
方向性が決まっていないことが、最も大きな不安として挙がっています。そして英語力向上に興味があると答えた選手は92.8%にのぼります。関心そのものは、きわめて高い水準です。
準備をしていないわけでもありません。セカンドキャリアに向けた準備をしていると答えた選手は89.2%。ただし中身を見ると、資格取得のための勉強や学び直しが59.6%に対して、語学習得は41.4%でした。
例えば資格には試験日と出題範囲があり、やることが最初から決まっています。英語には、それがありません。決まっていないから後回しになります。
だから、この記事で扱うのは学習法ではなく、決め方のほうです。
止まる場所は3つ。自分に当てはまるものから読む
では、何が決まっていないのか。ラグザス株式会社の「アスリートのセカンドキャリアに関する調査(2024)」(n=115、2024年8月)で、引退後に就職活動をした方(80.0%)が挙げた「困ったこと」が、そのまま手がかりになります。
| 始められない理由 | 割合 | 英語で起きること | 読む章 |
|---|---|---|---|
| ① 相談できる人がいない | 34.7% | 何を目指せばいいか決める材料が手に入らない | 次の章 |
| ② 自分に何が合うかわからない | 32.6% | 進路が決まらないので、必要な英語も決まらない | その次の章 |
| ③ 方法がわからない | 30.4% | 目標は決まっても、着手のしかたが分からない | 3つ先の章 |
これは就職活動についての回答ですが、英語学習でも同じ順序で起きます。相談相手がいないから進路が決まらず、進路が決まらないから必要な英語が決まらず、決まっても始め方が分からない。
どれが自分に当てはまるかで、次にやることが変わります。該当する章に進んでください。
①相談できる人がいない場合|まず「使う場面」だけ他人に話す
相談できる人がいないと答えた方は34.7%で、3つのうち最も多い回答でした。
競技に集中してきた期間が長いほど、競技外の情報に触れる機会は限られます。同じ調査では、必要なサポートとして「自分に合う企業を見つけてくれる」が48.7%、「気軽に相談できる環境」が41.7%挙がっています。求められているのは情報そのものより、自分の状況に合わせて絞り込んでくれる相手のほうです。
この段階でできるのは、進路そのものを相談することではありません。自分が英語を使いそうな場面を1つ挙げて、それを他人に話すことです。
ダンスを仕事にしてきた兼子さんは、指導と実演の両方を続けてきました。
ダンスのお仕事をしていました。主にダンススクールやスポーツジムで教えることが多く、不定期にアーティストの振付けやバックダンサーの仕事もしています。
兼子さんは外資系の出版社に勤めていた時期があり、英語でのコミュニケーションが必須の環境にいました。意思疎通はできていたそうですが、ある日こう言われた経験を語っています。
君の英語は"good English"だけど"right English"ではない
それ以来、自分がビジネスの場で話している英語は失礼にあたるのではないかと気にすることが多くなりました。
通じてはいた。それでも、相手にどう聞こえているかが分からなくなった。その後ダンスの仕事に移って英語から離れ、日常でもほとんど触れない状態が続きました。そこから学び直しを決めたのは、外国人旅行者向けのサービスを立ち上げるためです。
この判断は、英語がなければ成立しない状況から出たものではありません。
英語ができなくてもサービスを始めることは出来るのですが、英語ができれば、可能性が広がります。
必須だから始めたのではなく、選べる範囲を広げるために始めています。この見方は、進路が確定していない段階でも使えます。
実際、兼子さんは目標を固めてから動いたわけではありませんでした。
セブ島留学を決めたのも入学の1週間前で、セブ島留学を通しての英語学習の到達目標を明確に設定することもなく、「とりあえずセブ島留学に飛び込もう」という勢いで来ました。
到達目標は決まっていません。それでも、使う場面だけは決まっていました。
このとき兼子さんが選んだのは、汎用的な英会話ではありませんでした。
私の場合、日本で外国人旅行者の方を相手にした場合に起こりうるシチュエーションを要望して、レッスンを作ってもらいました。
使う場面を自分から伝えたことで、内容が決まっています。
結果として身についたものについて、兼子さんはこう述べています。
日常的に使う単純な英語表現のバリエーションが増えたと思います。
難しい表現が増えたのではありません。普段使う言い方の選択肢が増えました。そして帰国後の予定も具体的になっています。
日本に帰ったら、すぐにでもサービスに向けての調査を始めたいです。
使う場面を伝え、その場面のレッスンを受け、日常表現の幅が増え、帰国後にやることが決まる。この順番です。起点は「相談」ではなく「場面を1つ言うこと」でした。
相談相手がいないと感じている場合も、順序は同じです。進路が固まっていなくても、「こういう場面で使いたい」を1つ言えれば、そこから絞り込みが始まります。
逆に、進路そのものを最初から相談しようとすると、答えられる相手が限られます。
②自分に何が合うかわからない場合|立場が変わる瞬間から逆算する
これは32.6%が挙げた理由で、進路が決まらないと必要な英語も決まらない状態です。
ただ、進路そのものより先に決められることがあります。自分の立場が変わる瞬間がいつかを見ておくことです。
立場が変わると、同じ競技でも必要な能力が増える
30代の方は、プロのラリードライバーとして競技歴15年、会社を辞めてプロとして活動を始めたのが前年という時期に英語を始めました。理由を、本人はこう語っています。
アマチュアとして日本で活動している分には必要ないのですが、もともとラリーという競技が外国のスポーツなので、プロになったことにより、どうしてもコミュニケーションを取らなければならない場面が今後出てくるであろうし、出てきて欲しいという希望もあり、また、もともと英語に対して苦手意識を持っていたこともあり、まずは、そのきっかけ作りとして今回、セブ島留学することを決めました。
アマチュアで国内を走っている間は、英語が要りません。
例えばラリーは競技自体が海外で生まれたものです。国内のアマチュア戦を走っている間、英語が要る場面はほとんど発生しません。ところがプロになると、海外チーム、海外のパーツメーカー、海外のレースとの接点が生まれます。
競技も実力も変わっていないのに、立場が変わった瞬間に必要な能力が増える。この方はその変わり目で始めています。
時間が空いたからではなく、見込みが立ったから始めている
15年という競技歴の中身も、この判断に関係しています。
競技自体は15年程やっていて、ただ会社を辞めてプロとして活動を始めたのは去年からです。去年までは会社に通いながら、趣味というには本格的すぎますが、趣味の延長線上でやっていたといった感じです。
15年のうち14年は、仕事と競技を並行させていました。つまり時間が空いたから英語を始めたのではありません。プロという立場になり、英語が要る見込みが立ったから始めています。
さらに、この方は最初から短期で完成させるつもりでもありませんでした。
今回のセブ島留学だけで、私自身の英語力がビジネス英語のレベルまでは達しないとは思っていましたが、ビジネス英語に特化されていることもあり、将来的にもう何度か行くことを考えると、ビジネスに特化した学校で学んでおいた方が今後展開的によいのではないかといった考えもありました。
一度で終わらせるつもりがありません。そのうえで、将来使う場面から先に決めて環境を選んでいます。
環境の選び方にも、同じ逆算が働いています。
また、これは私の年齢的な部分もあるのですが、学生など若い子たちが多い環境では厳しいのではないかということも理由の1つでしたね。
学習の中身だけでなく、どういう人がいる場所かまで条件に入れています。続けられるかどうかは、教材の質だけで決まりません。
引退だけが分岐点ではありません。プロ転向、代表入り、海外遠征、指導者への転向。立場が変わる予定が近いほど、必要な英語は具体的になります。進路が決まらない段階でも、次に立場が変わるのはいつかは見当がつきます。
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3つ目は30.4%が挙げた理由です。目標が決まっても、教材を選ぶところで手が止まる状態です。
この段階で決めるのは、教材ではなく範囲です。
使う場面を1つ決める
前の章で見たとおり、場面が決まると覚える言葉が数十語に絞られます。全部を想定すると準備が終わりません。
佐藤さんは、オリンピック関連で英語を使う仕事に就くことを目標に学習を続けている方です。その仕事の内容を、こう説明しています。
表に出るところでいうと選手のインタビューだったり、表彰式、競技中のアナウンスだったりが花形のお仕事ですね。
佐藤さんはこれに加えて、選手村や控室でのアテンド、海外から来ているメディアのサポートや誘導といった業務もあると語っています。同じ「英語を使う」でも、競技中のアナウンスと控室でのアテンドでは必要な英語が違います。前者は正確さと簡潔さ、後者は相手の要望を聞き取る力が問われます。
後はイベントで司会進行する中で通訳さんがつくお仕事であっても、ある程度の打ち合わせなどは英語でできる方希望という案件が多いんです。
通訳がつく案件でも、打ち合わせは英語です。本番だけを想定すると、この時間が抜け落ちます。
つまり、決めるべき「場面」は本番の1つではありません。その前後にある、準備と確認のやりとりまでが範囲です。インタビューの英語を用意しても、その前の打ち合わせで止まれば本番に届きません。
決めた範囲を声に出す
決めた場面で使う言葉を書き出し、声に出します。読むのではなく声に出すことが条件です。発音は身体の動作なので、目で追うだけでは変わりません。
例えば RとLは、日本語ではどちらもラ行として扱われるため、区別して出す習慣がありません。Rは舌先を口の天井に付けないよう少し丸めて喉の方向に引き、唇を丸めます。Lは舌先を前歯の裏側の生え際に付け、喉の奥で響かせながら強く舌を弾きます。
THも日本語にない位置を使います。舌先が上下の歯から少し出るくらいの位置に置き、舌を引きながら摩擦させる。同じ形から、息だけを出すか喉を震わせるかで2つの音に分かれます。母音の `/æ/` も、アとエの中間で軽く顎を下げ、唇を左右に広げます。
どれも舌と唇の動かし方であって、目で追うだけでは変わりません。フォームの動画を見るだけでは動けるようにならないのと同じです。
佐藤さんは、学習の方針についてトレーナーからこう助言を受けたと語っています。
逆に知らない単語はどんどん増やさなくていいから、知っている単語での色んな言い回しをできる様にしたほうが良い
そこから難しくない言葉を使って話すよう心がけた結果、相手に分かりやすく伝えられるようになり、話している自分もとても楽になったとのことです。語彙を増やすことと、伝わることは別だということです。
通じるかを人に確認する
自分の発音が変わったかどうかを、自分だけで判定するのは困難です。自分の声は空気を伝わる音だけでなく、頭蓋骨を通して直接届く音も混ざって聞こえます。
先ほどのラリードライバーの方は、講師からの評価をこう伝えています。
最初はロボットみたいだったけど、今はイントネーションとか多少間違えてはいるけども、全体的には聞きやすいとは言ってくれているので、インプットしてアウトプットを繰り返していることで、自分ではうまくしゃべっていないつもりでも、改善は当然あるのかなと思いました。
自分の実感と、外から見た変化はずれる。第三者の評価があったから気づけた変化でした。
同じインタビューでは、英単語力がないこと、いまは頭打ちに感じていることも率直に述べています。短期間で完成する話ではありません。そのうえで語っていたのが、次の一文です。
学生時代もどちらかと言えばそんなに英語学習はしてこなかった自分が、これをきっかけに英語学習するという癖をつけるには丁度良かったかなと。
「英語力が上がった」ではなく「癖をつけるには丁度良かった」。現役のうちに手に入るのは、完成した英語ではなく、続ける形のほうです。
いつ始めるか
ラグザスの調査によると、20代のうちに引退した方が85.1%を占めています(20〜24歳と25〜29歳がそれぞれ4割前後)。引退の時期は、想定より早く訪れます。
そして引退後は、生活の形そのものを作り直す時期にあたります。次の仕事を探しながら新しい習慣を足すのは簡単ではありません。一方、現役中は練習の時間、移動の時間、休養の時間が決まっています。予定が固定されているほうが、15分を差し込む場所を見つけやすいためです。
同じ調査では、ビジネスに活かせるスキルとして「目標達成意欲」を挙げた方が35.6%で最多でした。目標から逆算して日々の練習量を決め、伸びない時期を挟みながら続ける。この進め方は、英語学習で最も難しいとされる継続の部分にそのまま当てはまります。
新しく身につける必要があるのは、英語という対象だけです。進め方そのものは、競技で先に習得しています。
まとめ|理由が違えば、やることも違う
英語が要るかどうかは、選手側も企業の経営層も一致しています。それでも着手は4割にとどまります。足りていないのは必要性の認識ではなく、始め方のほうです。
理由は3つに分かれます。
相談できる人がいないなら、進路ではなく「使う場面」を1つ他人に話す。兼子さんは自分の現場を伝えてレッスンを組み、日常表現の幅が増え、帰国後の予定まで具体的になりました。起点は相談ではなく、場面を1つ言うことでした。
何が合うか分からないなら、次に立場が変わる瞬間から逆算する。ラリードライバーの方は、競技歴15年のうち14年は仕事と並行していました。時間が空いたからではなく、プロという立場になったから始めています。引退だけが分岐点ではありません。
方法が分からないなら、範囲を絞って声に出し、人に確認する。教材を選ぶ前に、使う場面を1つ決めます。数十語に絞れば、毎日15分で何をするかが決まります。
引退の85.1%は20代のうちに訪れます。準備に使える時間は、思っているより短いはずです。そして予定が固定されている現役中のほうが、15分を差し込む場所は見つけやすくなります。
